1997年、JD設立当初、取扱商品は、ズートスーツ、バギースーツのみでした。今日、現在もズートスーツ、バギースーツの専門店は日本においては、JDのみのはず。(後にお客様からの要望で、カジュアルラインも幅広く展開していく事になるのですが、このカジュアルラインとズートスーツのつながりについては又、そのうちお話ししたいと思います。)
まずはズートスーツの生い立ちから。かつて、シカゴやニューヨークの摩天楼を背景に、アル・カポネやラッキールチアーノがアメリカを賑わしていた時代。ギャングが最も華やかであった時代の黒人ジャズメンやメキシコ系アメリカ人(チカーノ)達のスタイルです。(単なるファッションではなく、あくまでもスタイル)全てのスーツの中で最も華麗で華やかなそのスタイルはギャングのファッションにまで影響を与えました。
広い肩幅、膝まで届きそうな長いジャケット、ハイウエストでゆったりとした先細りのパンツにサスペンダー。そして懐中時計の長いチェーン、バリモアカラーと呼ばれるロングポイントのシャツ、その長い衿を押さえるカラーバー、煌びやかなカフスとコンビのシューズ。仕上げはつば広のスパニッシュハットや中折れハット。これら全てを含めてズートスタイルと呼びます。
昨今のスーツスタイルのトレンドの対極を行くこのズートスタイルは、1940年代の黒人ジャズメンに愛され、そして現代も多くのミュージシャンやアーティストに愛用されています。 どうしてこのような型になったのか?と申しますと、ズートスーツを最初に着るようになったのは、黒人やチカーノといった有色人種で奴隷的扱いを受けていた彼らは、白人達が着ていた上品でエレガントなスーツを白人に対する抵抗の意味も込め、より、派手に下品にかつ華麗で華やかなスーツスタイルにアレンジしていきました。そしてあのような奇抜なスタイルが産まれたのです。
ズート(ZOOT)とはもともと、ジャズ用語で演奏者への「掛け声」の掛け方、又はジャズ演奏に対する「合の手」という意味を持っていました。
ズートスーツをこの世の広げたのは、キャブキャロウエイというジャズメンで、彼のエンタティナーぶりは、そのズートスーツにより一層、力強いものとなっていました。ストリートの文化に常に興味を持ち続けていた彼は、黒人独特の言い回しである、ジャイヴトーク(スラング)を自らの手で体系化し、ジャイヴ辞典(スラング辞典)として出版までしています。
面白く黒人文化を紹介しながらも黒人文化というものを誇りあるものととらえていた彼の考え方は、当時としては実に進んだものでした。そして、彼のズートスタイルはブラック&スパニッシュの都会のワルどもの雛形となったのです。
裕福な暮らしと広大な土地、夢溢れるアメリカ大陸を目指したイタリア移民を始めとする多くの移民達は、アメリカ上陸後、間もなく夢破れ、裏通りで寄り添うように、ひっそりと暮らすようになりました。そうして出来上がった、リトルイタリーの中に屈する事の知らない若者達がいました。
盗み、バクチで小銭を稼ぎ、街のチンピラとなった彼らはやがて禁酒法の時代に、酒の密輸、密造、闇酒場の経営などによりアメリカ社会の裏側に君臨するようになりました。初めて手にした名声と富、そして誂えたのが バギースーツです。
映画 “モブスターズ” にも、そういったシーンが描かれています。若かりしサルバトーレ・ルカニア(後のラッキー・ルチアーノ)達が大物マフィアから認められた時「君達はガッツもあり、なかなかいい仕事をする。だが、着ている服がダサい」とバギースーツを仕立てに行くシーンがあります。また、映画 “アンタッチャブル” では、白いスーツの殺し屋、ビリー・ドラゴ演じる、フランク・ニティ(アル・カポネの側近で実在の人物)のバギースーツがわかりやすいでしょう。
ジャケットは胸板を厚く、逞しく、見せるためのウエストのシェイプが強く絞られ、胸を強調したシルエットで、着丈はズートスーツのように長くありません。パンツはズートスーツ同様、現代のものと違い、股上が深く、サスペンダーで吊り上げます。太めのパンツは、体にまとわりつかず、裾まで直っすぐ綺麗なラインを生み、そのため太さの割にスマートな印象を与えます。力強くも、スマートさを意識したシルエットは、現在の既製のスーツにはない雰囲気を醸し出します。(こちらもズートスーツ同様、現代のスーツトレンドとは対極です。)
力強く美しいシルエットのバギースーツは、アル・カポネやチャールズ・ラッキー・ルチアーノ、バグジー・シーゲル達のトレンドマークとなりました。男は男らしく、女は女らしかった、古き良き時代の最も男の色気溢れるスーツが、このバギースーツです。カポネと側近のフランク・ニティ、マシンガン・ジャック・マクガーン、サム・ムーニー・ジアンカーナといった酒落者達は、まさにカポネにとってのジュベナイル・デリンクエント(最も信頼できる相棒)でした。もともと貧しい生い立ちのギャングとジャズメン達は、禁酒法の時代にギャングはトミーガンとバギースーツを、ジャズメン達はインディホップとズートスーツを手に入れ、お洒落を楽しみつつライフスタイルまでドレスアップした彼らの生き様は、不良少年達の憧れであり、正に時代のファッションリーダー的存在となっていたのです。


















